退職理由は語られない
静かな会議室に並ぶのは、無難な言葉だけだ。
「個人的な事情」「新しい挑戦」「家庭の都合」——どれも反論の余地がない。だから都合がいい。
だが、これをそのまま受け取るほど現場は甘くない。
退職理由は、ほとんどの場合、意図的に加工されている。
真実は語られないのではない。語る価値がないと判断されているだけだ。
根底にあるのは諦めである。
退職を決めた時点で、対話はすでに終わっている。
評価への不満、成長機会の欠如、上司への不信——それらはすべて、過去に一度は飲み込まれた言葉だ。
「言っても変わらない」と結論づけられた過程こそが、退職理由そのものである。
率直な退職理由は、組織にとって都合が悪い。
制度の歪み、マネジメントの欠陥、評価の恣意性。
それらを正面から受け止める構造は、たいてい存在しない。
結果として人事は防御的になる。聞くためではなく、処理するために話を聞く。
その温度を察知した時点で、退職者の口は閉じる。
退職面談は確認作業に過ぎない。
すでに決定された事実に、後付けの理由を貼り付ける儀式だ。
辞意が固まった後に「なぜ辞めるのか」と問うこと自体が的外れだ。
その問いに答えがあると思っている限り、何も変わらない。
問うべきはそこではない。
なぜ、その人は在職中に語らなかったのか。
なぜ、その組織では語る意味がなかったのか。
実務経験に基づく参考情報(内容の正確性は保証されません) / Reference Information Based on Practical Experience
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