発想が異なる Hull & Machinery と P&I 保険

「保険」と聞くと、多くの人は生命保険や医療保険を思い浮かべます。しかし、損害保険、とりわけ Hull & Machinery 保険や国際 P&I クラブが提供する P&I 保険は、同じ「保険」という言葉で呼ばれてはいるものの、その前提や成り立ちは大きく異なります。

保険金の支払事象が発生した場合、保険会社や保険組合は、保険料や運用収益から積み立てた責任準備金を原資として保険金を支払います。再保険契約を締結している場合には、支払後に再保険金を回収することで財務状況を回復させ、さらに想定外の損失が生じた場合には、自己資本によって損失を吸収します。この仕組み自体は、生命保険、医療保険、損害保険に共通する保険の基本構造です。

しかし、生命保険や医療保険では、死亡や疾病といった支払事象の発生確率を、統計と数理計算によって比較的高い精度で予測することができます。また、一件当たりの保険金支払額も、通常は極端に巨額になることは想定されていません。そのため、これらの保険は大数の法則を前提とした「確率が読める保険」であり、再保険の利用も高額保障やパンデミック対応など、特定の目的に限定される傾向があります。

これに対して、海上損害保険の世界は前提がまったく異なります。Hull & Machinery 保険や P&I 保険では、事故の発生頻度は低い一方で、ひとたび事故が起きれば、船体の全損、環境汚染、人命損害、国際的な賠償責任などにより、損失額が数百億円、場合によっては数千億円規模に達することがあります。しかも、その責任は理論上、上限を設けにくい性質を持っています。

このため、Hull & Machinery 保険は、単一の保険会社が自社だけで引き受けることを前提としておらず、Swiss Re や Munich Re などのグローバル再保険会社、あるいはロイズ保険市場のシンジケートと再保険契約を結ぶことで、世界規模でリスクを分散させています。再保険は補助的な仕組みではなく、保険そのものを成立させるための中核的な要素です。

P&I 保険では、この特徴がさらに明確になります。国際 P&I クラブ(IG P&I Clubs)は、世界の主要12クラブで構成され、世界の外航船の約90%をカバーしています。事故が発生した場合、まず各クラブが一定額まで負担し、それを超える部分はクラブ間のプールで分担されます。それでもなお対応しきれない巨額損失については、IG P&I Clubs が再保険契約をするための子会社であるキャプティブ再保険会社、Hydra Insurance Company Limited を通じて、世界の再保険会社やロイズ保険市場に再保険が出され、国際的な資本によって支えられます。

このように、生命保険や医療保険が「統計で管理できる保険」であるのに対し、Hull & Machinery 保険や国際 P&I クラブの P&I 保険は、「一社や一国では支えられないリスクを、最初から世界全体で分け合うことを前提とした保険」です。同じ「保険」という言葉で語られていても、その性質は本質的に異なるのです。



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