事実ではない物語が人を縛る
「捨てられた」「失敗した」
こうした言葉は事実を語っているようで、実際にはただの“物語の結果”にすぎない。こうした構造を持つ言葉は他にもある。
- 裏切られた
- 見放された
- 負けた
- 落ちこぼれた
- 外された
- 選ばれなかった
- 認められなかった
これらはすべて、出来事そのものではなく、 その出来事をどう解釈するかで意味が変わる言葉 だ。
たとえば、金回りのよさそうな男友達と別れた女性がいた。 第三者は彼女を「捨てられた」と見た。しかし、 実は男友達は借金まみれで自分が「捨てられた」と思い、 女性は「失敗した」と感じていた。 同じ出来事でも、三者三様の物語が生まれる。
たとえば、役員Aが株主総会で再選されなかった。 第三者は役員Aを「クビにされた」と考えた。 しかし、役員Aは放漫経営に嫌気を感じ辞任し「清々した」と感じていた。 ここでも、同じ出来事に別の物語が置かれている。
このように、「捨てられた」「失敗した」といった言葉は、 第三者の価値観に汚染されやすく、 強弱や上下を勝手に決めつける。
だからこそ、その物語の主人公にされた者は、他人が考えた物語の中に自分を置いてはならない。その言葉を採用した瞬間、 自分の人生の主導権を他人に渡してしまうことになる。
大切なのは、 出来事そのものではなく、 その出来事を自らどんな言葉で語るかだ。
実務経験に基づく参考情報(内容の正確性は保証されません) / Reference Information Based on Practical Experience
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