ある会議で露呈したリーダーシップの機能不全
不全ある会社の会議室での出来事である。
集められた部長たちは、社長から順番に議題への意見を述べるよう求められていた。しかし、社長が何を考え、どの方向を目指しているのかは示されていない。部長たちは社長の顔色をうかがいながら、当たり障りのない、結論に影響しない意見を述べるほかなかった。この状況は、部長たちの能力や意欲の問題ではない。
判断の前提や基準が共有されていない場では、有益な意見は構造的に生まれにくいからである。そうした空気の中で、一人の部長が口を開いた。
「社長。まず、社長がどうしたいのかをお話しいただきたいと思います。社長は我々より多角的で豊富な情報をお持ちです。その情報に基づいて方向性を示し、なぜその判断が妥当だと考えるのかを語ってください。その上で、疑問があれば質問し、考えがあれば意見として述べたいと思います。」
この発言は、反抗でも挑発でもない。
最も多くの情報と最終責任を持つ立場にある人物が、まず前提と方向性を示した上で議論を行うべきだという、極めて合理的なプロセスの提案である。しかし、社長は戸惑い、やがて激怒した。そして理不尽で汚い言葉でその部長を罵倒し、会議室を出て行った。さらに人事部長のもとに向かい、「あの部長を降格させろ」と指示した。この場で何が問題だったのか。
それは単なる感情的衝突ではなく、リーダーシップの本質的な失敗が露呈した瞬間だったと考えられる。問題の核心は、部長が「何を言ったか」ではない。社長が「問い」をどのように扱い、どの責任を引き受ける覚悟があったのか、という点にある。この会議では、社長は自身の考えや判断軸を示さないまま、部長たちに意見を求めた。これは参加を促す姿勢のようにも見えるが、前提や方向性が示されない問いは、実質的には責任の所在を曖昧にする行為になりやすい。
その結果、部長たちは「何が正解なのか」を探し、思考ではなく忖度に頼らざるを得なくなっていた。その状況を是正しようとした部長の発言に対して、社長は説明や反論ではなく、感情と権力で応じた。この対応で決定的に問題なのは、「問い」を封じたことそのものにある。社長が怒りを示した理由は、部長の態度が無礼だったからではないだろう。
むしろ、自身の中で十分に言語化・整理できていなかった方向性や覚悟、あるいは判断責任を、準備のないまま正面から突きつけられたと感じたことへの防衛反応だった可能性が高い。しかし、リーダーがその迷いや不安を語らず、感情的な反応と人事権によって問いを封じた瞬間、組織には非常に強いメッセージが伝わる。それは、
「正論であっても危険である」
「考えるより沈黙した方が安全である」
という学習である。この学習が組織に根付くと、議論は形骸化し、思考は止まり、優秀な人材ほど距離を置くようになる。これは必ずしも即座に表面化するものではないが、組織の健全性を静かに、確実に損なっていくリスクを孕んでいる。本来、リーダーが問いを投げる行為は、責任を回避するためのものではない。
自らの判断と前提を語った上で、責任を引き受けた状態で他者の思考を促すための行為である。問いは、その順序が守られて初めて、有効な道具となる。もしこの場で社長が、 「確かに順序が逆だった。まず私の考えを話そう」 と一言述べていれば、権威は損なわれるどころか、むしろ強化されたはずである。リーダーシップとは、常に正解を示し続けることではなく、判断と責任を引き受ける姿勢を示すことだからだ。
結論として、この会議で「イケなかった」のは部長の発言ではない。
リーダーが語るべき責任を果たさないまま問いを投げ、正論を感情と権力で封じたこと――そこにこそ問題があった。組織はすぐには壊れないかもしれない。しかし、声は減り、思考は浅くなり、沈黙が合理的な選択として広がっていく。それこそが、この会議で起きた本当のリスクであり、リーダーシップの機能不全がもたらした静かな損失なのである。
実務経験に基づく参考情報(内容の正確性は保証されません) / Reference Information Based on Practical Experience
「問い」を投げる前に、語るべき責任
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- 2026/04/27 13:30
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